大室 幸司 氏(青森県)
立烏帽子を被り現場で指揮をする棟梁。棟梁は設計士であり、現場監督であり、最高の技術者でもあり皆の憧れであった。全国の将来番匠師となる技術を持った大工棟梁を紹介していく。
本州最北端、青森県津軽地方の東青に位置する青森市にある株式会社大室建築。
九代目棟梁となる青森県の大室氏は、寺社仏閣から古民家再築までを手がける棟梁である。
大室氏は小学校低学年のころから、鉋(かんな)をかけるお父様の姿を絵に描いて、将来の夢は大工だと言っていたそうだ。
そんな大室氏の仕事について取材した。
寺社仏閣の仕事の進め方
寺社建築は、一般住宅に比べ非常に長い期間で仕事を行う。本堂や規模の大きいものだと二年から三年はかかるそうだ。
まず、心柱などに使う大木を山に探しに行き、お清めをしてから伐採する。五重塔などの場合はできるだけ長いものを使いたいので、ヘリコプターで山から運ぶ。製材所で八角形に大まかに加工してから自社の作業場で更に加工していく。
寺社建築では、斗と栱(きょう)と呼ばれる「斗(ます)」と「肘木(ひじき)」とを組み合わせたものが、軒の荷重を支える柱上に必ず使われる。前述の五重塔では、斗だけで何百個も作成されたそうだ。
その製作方法も、材を完成の大きさより少し小さくかき込んで乾燥させ、木の癖や収縮具合を見て調整しながらさらにかき込むという手間のかかる作業を何度も繰り返し完成させる、長い時間のかかるものである。大室氏も、兵庫県淡路島の八浄寺を建立させるときには、半年くらい家には一度も戻らなかったとのことだ。
鉋仕事について
現在の住宅ではほとんど見ることのない鉋仕事であるが、大室氏は社寺建築の仕事も多いこともあり鉋仕事をよくしている。それもあくまで手鉋にこだわっている。
機械の鉋は表面を削るが、手鉋は表面の皮を優しく削ぐイメージだろうか。綺麗な手鉋がかけられた表面はツヤがあり、水を弾き、ハエも止まれないそうである。また台鉋には刃が一枚と二枚のものがあり、大室氏は樹種によって使い分けているそうだ。
鉋や鑿(のみ)は切れ味が命、切れ味が悪くなると砥石で研ぎながら使う。鋸(のこぎり)も刃がギザギザだがこれも刃物。切れ味が落ちるとギザギザの小さな刃をひとつずつ研いでいく。これは「目立て」と言われ、昔は目立て屋という専門の業者が大工の元に来て研いでいた。最近は替え刃式の鋸が多くなりあまり見られなくなった風景だそうだ。
持っている道具の数を聞いてみたら、鋸で常時使うものは二十から三十挺。造作用、リフォーム用から、釘などが隠れている場合が多い古民家再生用と揃えているそうである。ちなみに私が知る大工の持つ鋸は多くても精々五から十挺程度であった。
鑿(のみ)も、自分用だけでも四十から五十挺では効かないそうで、それ以外にも丸鑿などの特殊なものは会社で準備しているそうである。道具は京都の東寺などでおこなわれる縁日のガラクタ市などで、昔の道具を買い揃えてきたとのこと。弘法は筆を選ぶということのようである。
職人の腕は道具と現場を見ればわかるとも言われる。道具を大切にし、メンテナンスできる大室氏は間違いなく名工になる人物であろう。
鋼は二十年経てば「しなみ」が良くなる
法隆寺は築千四百年、長く持っている秘密は骨組みである木材が経年変化により強度が増しているからであるが、大工道具も使い込むうちに手になじみ使いやすくなる。
鉋の刃先の鋼はがねについては、新しい時には切れ味が悪く、こなれてくるのに二十年程かかるという。二十年目くらいが、一番硬さと粘りのバランス「しなみ」が良くなると話されており驚いた。
大室氏が今使っている鉋は、お父様が大室氏が使うときのために買ってくれていたものだそうだ。さらに二十年後のために、次の鉋も買ってあるとのこと。もしかして大室氏の息子さんの分も買ってあるのかと質問したら、照れたように笑って返された。
手刻みにこだわる大室氏は古民家や新築住宅の建築でも、構造材はプレカットと呼ばれる工場加工には出さず、必ず手刻みをするという。手刻みは木造の骨組みに必要な木材同士の引き寄せの力が働くが、プレカットではそれを金物に頼っており、手刻みを真似た加工は意味がないという。これは多くの大工が実は感じていることであると思うが、明快にそれを棟梁が話してくれると実に気持ちが良い。
手刻みにこだわる
幸司氏は古民家や新築住宅の建築でも、構造材はプレカットと呼ばれる工場加工には出さず、必ず手刻みをするという。
手刻みは木造の骨組みに必要な木材同士の引き寄せの力が働くが、プレカットではそれを金物に頼っており、手刻みを真似た加工は意味がないという。
これは多くの大工が実は感じていることであると思うが、明快にそれを棟梁が話してくれると実に気持ちが良い。
古民家の品格
古民家再生でこだわっていることを聞くと、古民家が持つ「品格」を落とさないようにすることだそうである。「品格」とは、古民家に詰まった先人の知恵である。それを無視せずに、さらに手を加えることで長所を伸ばして短所を補うことが大事だという。
例えば木組や土壁で地震の揺れを吸収する免震的な構造は残し、寒さや暗さは現代の設備を入れて補ってあげるといったことである。 また、お客様からいくら要望があっても、例えば玄関の場所には風呂を作ったりしない。
お客様の要望は無論優先すべきものだが、要望に応えて作ったものの、完成後に「いう通りにしとけば良かった」と言われることもあり、それが一番悔しいという。
最近の古民家は、長持ちしない構造用合板を使った継ぎ接ぎの改修をしてしまっている場合が多いとも語っていた。古民家の品格を保つためにも、考えに考え抜いてお客様ととことん話をして物造りをするそうである。
五意達者
幸司氏に大工棟梁になるための心構えを聞くと、「五意達者」と言う言葉を教えてくれた。
五意達者とは、棟梁が身につけなければならない五つの技術のことである。
式尺(設計図を描くこと)
墨がね(部材に墨付けをおこない木割をする規矩術)
算合(積算、今でいう見積もり)
手仕事(道具で部材を加工する技能)
彫物(彫刻を彫る)
その五意達者を昼夜怠らずだそうだ。
また、大工の大は「ひろし」とも読む。大は色々な業種という意味もあるそうで、瓦や、左官屋など色々な業種の納まりを覚えて棟梁格になれるという話を聞いたことがあるそうだ。
腕のいい大工とは
棟梁は現場の最高責任者であり、指揮官である。寺社仏閣では十名、古民家でも五人ぐらいの大工を使い、また大工以外の多くの職人も監督する棟梁から見た腕のいい大工の見極め方は「体さばき」だそうだ。
無駄、無理のない姿勢で仕事をこなしているかその姿を見れば技量もおのずからということか。道具も整理整頓されており、現場も綺麗なのが腕に現れるようである。
また腕のいい大工は愛想が悪くても挨拶もきっちりとするそうで、幸司氏のお祖父様、お父様も幸司氏には多くは語らなかったようであるが、信仰心が強く、仕事以外では優しかったそうである。
大工だけど土壁も付ける
大工の仕事は木工事であり昔は右官とも呼ばれていた。
土壁などの工事は左官がおこなうものであるが、なぜ幸司氏は本来の仕事ではない左官の技術まで習得しようとしているのか、幸司氏は伝統構法の住宅を残すという役割の中で、木組は伝統構法であっても壁が合板張りの下地では長くは持たないし、伝統構法の良さである免震的構造を阻害するものだと考えている。
土壁は土壁として再生することが重要であり、修復の技術自体を継承していく必要性を感じている。土は木と同じく会話が必要な材料であり、砂や土の割合を見ながらスサや藁を足し鍬く わで土の肌を見ながら発酵させ土の声を聞くという。漆喰や土壁と聞くと高くつくと思われる人も多いが、それは職人が少なくなってきたこともあるが、全てを新しく作ると考えるからで、古民家の土壁を現代風のモルタルなどで改修を施すのではなく、傷んだ部分のみ補習する場合はコストをかけずに再生も可能になるという。
また、弘前にある金剛山「最勝院」の護摩堂の弁べ ん柄がらや胡ご粉ふん塗りなどもおこなっていたとのこと。弁柄とは酸化鉄に柿渋を混ぜた木材の表面保護のために使われる古来からの塗料であり、胡粉とは垂木などの先端に木の割れ防止で塗られた白い部分で、牡蠣やホタテの殻を使ったものである。
大工の技術だけでも非常に高い技術を持っているのにさらに貪欲とも言えるぐらい様々な挑戦をしている。なぜそれまで一途でひた向きなのか、九代目という重責もあるだろうが、それよりも息子さんも大工になりたいとの夢を持っていることを知ったことが大きいのではないかと思う。偉大な祖父、寡黙だが見守り続けてくれる父、その二人の背中を見てきた幸司氏は今、息子に自分の背中を見せている時なのであろう。